相続放棄と財産の処分(法定単純承認)
相続人が、相続が開始をした事実を知りながら、あえて相続財産の全部または一部を処分した場合には、単純承認をしたものとみなす、と民法は規定しています(921条)。
そうすると、相続放棄ができる期間内であっても、相続放棄はもはやできなくなります。
ただし、亡父が使っていた歯ブラシ1本を捨てても(処分)、相続放棄ができなくなるかというとそんな事はありません。
では、どんな場合に「相続財産を処分」に当たり、または当たらないのかについては、明確な基準があるわけではありません。
ただ、よくご相談を受ける事項について、ある程度の目安を、以下にQ&A形式で記載させて頂きます。
疑問などございましたら、いつでもお電話下さい。
相続放棄についても、ご相談は無料です。
海老名市、座間市、綾瀬市、大和市、厚木市、相模原市の方はもちろん、神奈川県全域大丈夫です。
財産の処分(法定単純承認)にあたる?
Q 大家さんから、滞納家賃の支払いを求められています
亡父は、母と離婚後、一人でアパート暮らしをしていた様です。
長年会っていませんでしたが、病気で亡くなり、私に連絡が来ました。
アパートの大家さんから、家財道具などの引き取りと、滞納家賃の支払いを求められています。
亡父は数十万円の税金滞納があり、他にも借金がある様なので相続放棄をしようと考えています。
どうすれば良いでしょうか?
A 相続放棄をすれば大家さんの要求に応じる必要はありません |
相続放棄をすれば相続人ではなくなりますので、大家さんの要求に応じる必要はありません。
ただ、賃貸借契約を解除して部屋を明け渡す行為は、今後の家賃発生を止めるものとして可能であると思います。
明渡の際に家財道具をどうすれば良いかにつきましては、生活日用品などの交換価値の低い物については処分しても問題はないものと思われます。
家電製品についても、数年使用している様なものは同様ですが、高額品や新品など売れば数万円から数十万円になる様なものであれば、一定期間ご自宅で保管するなどして、すぐには捨てたり売ったりしない方が良いかと思います。
未払い家賃につきましても、相続放棄をした場合は支払う義務はありません。
仮に放棄をする前に成り行き上どうしても支払わざるを得なくなったという場合、亡父の財産からではなく、相続人(ご自身)の財産で、身内として支払う分には問題ありません。
なお、敷金の返還を受けられる場合、相続財産に該当しますので、受け取った敷金を自分で使ってしまうと、単純承認事由にあたり相続放棄ができなくなってしまいます。
Q 亡父名義の車を廃車にしたら相続放棄できなくなりますか?
A 売値がほとんどつかない様な車であれば問題ありません |
車にローンが残っている場合、支払が滞れば所有者であるローン会社、ディーラーが車を引き揚げますので問題はありません。
ローンの無い車につきましては、売れば数万円から数十万円するであろう場合、廃車処分も避けた方が良いかと思います。
ただ、もうエンジンもかからないなど明らかに売り値がつかない様な車は、駐車場代を止めるために廃車処分しても後に問題になる事は無いのではないかと思います。
微妙なところですが、放置すると駐車場代など管理費がかかり、その為に車の処分をすることは、処分行為ではなく保存行為とみることができると考えられます。
車の価値につきましては判断が非常に難しいところですが、参考としまして、破産手続では、登録から6年以上経過した車は資産価値が乏しいものとして取り扱われています。
Q 遺産分割協議書を作り名義変更後、相続放棄はできますか?
遺産分割協議書を作って、銀行の手続や不動産の名義変更をした後に、相続放棄はできますか?
A 基本的には相続放棄はできなくなります |
相続人が遺産分割協議をした場合、相続財産につき相続分を持っていることを認識したうえで、相続財産に対して持っている権利をを処分する行為にあたるので、基本的には相続放棄はできなくなります。
例外的に、被相続人に多額の債務があることを知らずに遺産分割協議を行った相続人について、遺産分割協議が錯誤により無効となる場合は法定単純承認にならない可能性もあります。
遺産分割協議後に被相続人に約5000万円以上の多額の債務が存在することが明らかとなり、債務の存在を認識していれば相続放棄したであろうと考えられ、遺産分割協議は要素の錯誤により無効と判示したものがあります(大阪高裁平成10年2月9日決定)。
Q 財産の形見分けをした後に相続放棄はできますか?
財産の形見分け(故人が生前に使用していた物品を親族同志で分ける)をした後に相続放棄はできますか?
A 法定単純承認事由になると考えられます |
形見分けについては、資産価値がない物を分けることは単純承認事由に該当しませんが、高価な物を分けることは、やはり財産の処分であるとして法定単純承認事由になると考えられます。
裁判例としては、形見として背広上下、冬オーバー、スプリングコート、位牌を持帰り、時計、椅子二脚の送付を受けても処分行為に該当しないとするものや、被相続人のスーツ、毛皮、コート、絨毯など財産的価値を有する遺品のほとんど全てを自宅に持ち帰る行為は法定単純承認となるとするものがあります。(昭和40年5月13日山口地方裁判所徳山支部判決)(東京地裁平成12年3月21日判決)
Q 亡父名義の銀行口座で葬儀費用や仏壇の購入費用をなど支払った・・・
父が亡くなった時に、葬儀費用などに充てるため父名義の銀行口座から現金を引き出し、葬式費用の支払い、墓石、仏壇の購入費用をなど支払ったのですが、相続放棄はできますか?
A 常識的な金額であれば影響はないと言えますが….. |
葬儀には多額の費用がかかりますので、故人の遺産で賄う事も一般的であると思います。一般常識からみて不相当に高価な場合を除いて、被相続人の遺産から葬儀費用を支払う行為は、法定単純承認の「相続財産の処分」にはあたりません。この点に関する。
葬儀費用などについて相続財産の処分にあたらないとする裁判所の決定があります(大阪高等裁判所平成14年7月3日決定)。同決定は、墓石、仏壇の購入費用についても同様の結論でしたが、こちらはかなり微妙で、明確に「相続財産の処分」にあたるともあたらないとも言っていません。明確にあたると言えないので相続放棄を認めた形になっていますので、注意が必要です。
なお葬儀費用の支払いであっても、債権者等に説明が必要となる場合がありますので、領収書などは取っておく必要があります。
香典の扱いについてもよくご質問を頂きます。
香典は一般的には遺族である喪主に贈られるもので、相続財産にはあたりません。
葬式費用に充ててさらに余った香典の処理については、一般的には喪主の裁量により今後の祭祀費用に使用したり、親族等に分配されます。
ただし、香典は喪主に贈られるものなので、香典返しも喪主のお金で支払う必要あり、相続財産の中から香典返しをすることは相続放棄をする上で問題が出る可能性があります。
また、葬儀代に関連して、相続放棄をしても、例えば長男が墓地、墓石、仏壇、位牌などの祭祀財産の承継をすることはできるかというご質問も頂きます。
民法897条の規定により、墓地、墓石、仏壇、位牌などの祭祀財産については相続財産とは別に慣習に従って引き継ぐ人が引き継ぐことになっており、「相続財産」ではない扱いのため、相続放棄をした相続人が引き継ぎ管理を続けても問題はないと思います。
Q 相続放棄をすると生命保険金や年金などは受け取れなくなりますか?
相続放棄をすると、生命保険金や年金などは受け取れなくなりますか?
A 相続放棄をしても受け取ることができます |
生命保険金は、受取人である妻や子に直接支払われるもので、相続財産ではないため、相続放棄をしても受け取ることができます。
ただし、まれに被相続人自身が受取人になっている場合は、相続放棄により、相続できなくなります。
年金につきましては、遺族年金は遺族に直接支払われるものですので、受け取る事が出来ます。
国民年金または厚生年金にに加入している方が亡くなったときに、その家族に支給されるのが遺族年金です。自営業者など国民年金に加入している人が亡くなった場合には「遺族基礎年金」が、会社員や公務員など厚生年金に加入している方が亡くなった場合には「遺族基礎年金」に加え「遺族厚生年金」の支給があります。夫が亡くなった場合に、妻がどの様な条件で受給できるかについては、細かな事項は省略してざっくりですが、遺族基礎年金は、18歳未満の子がいる場合に、その子が18歳になるまでの間受給可能です。遺族厚生年金については、子の有無や年齢に関係なく、将来再婚しない限りずっと受給できます。遺族年金は、遺族がその固有の権利に基づいて受給するもので、相続財産には含まれません。そのため、相続放棄をした場合でも遺族年金を受け取ることができます。<大阪家裁昭和59年4月11日審判>
また、未支給年金(年金は毎月支給されず、2ヶ月ごとに前月の2ヶ月分が支払われます(例えば4月に支払われる分は、2月、3月の2カ月分)ので、年金受給者が死亡した場合、未支給分が発生することがあります。)を受け取る事も、相続放棄に影響はありません。
未支給年金を受け取ることができるものは、「配偶者、子、父母、孫、祖父母、兄弟姉妹であって、その者の死亡当時その者と生計を同じくしていたもの」と規定されています。
この規定は、相続とは別の立場から一定の遺族に対して、未支給の年金給付の支給を認めたものであるため、未支給年金は相続財産には含まれず、相続放棄をしても受け取ることができます。<最高裁平成7年11月7日判決>
Q 振込先口座の変更をすると相続放棄はできなくなりますか?
亡父が所有していたアパートの賃料振込先口座の変更をすると、相続放棄はできなくなりますか?
A 相続財産の処分にあたり、単純承認にあたるとされています |
被相続人所有のマンションの賃料振込先を自己名義の口座に変更する行為は相続財産の処分にあたり、単純承認にあたる(東京地方裁判所平成10年4月24日判決)とされています。